明治のはじめ頃からしらす漁が行われていた舞阪は、しらす漁発祥の地とも言われています。舞阪のしらすが古くから愛され続けてきた理由は、遠州灘の地形にあります。 | (地曳網しらす漁 大正中期の様子) |
黒潮に乗って現れたしらすの群れは遠州灘の地形に育まれ容姿を変えます。赤黒く身に締りがなかった魚体は波に揉まれ身が締まり、白砂に同化した体色は透き通るような青白色へと変化していきます。渥美半島の伊良湖岬から御前崎までの広い海域を持つこの宝の海が遠州灘です。 |
東の空が白み始めるころ、舞阪港よりしらす漁船が一斉に出港する様子は勇壮です。 |
朝日の海、遠州灘の雄大な海原へ本日の漁場(ポイント)を探し、東へ西へ思い思い散らばってゆく漁船団。船内には魚群探知機やソナーなどハイテク機器が装備されています。長年培った経験と探知機でしらすを探し当てます。魚群を発見したら船を待機させ網入れの時をじっと待ちます。(季節により時間が異なる)期待と緊張が入り混じる瞬間です。 |
号令と共に一気に網を投入し「しらす漁」の始まりです。舞阪のしらす漁は2艘の船で海中に流した網を曳き、泳いでいるしらすの群れを捕る漁法で「二艘船曳網(にそうふなびきあみ)」と呼びます。現在舞阪には100隻のしらす漁船があります。 |
網を入れ、魚群を囲んだら間髪いれずに網を手繰り寄せ引上げます。しらすの善し悪しは鮮度で決まるため、時間との勝負です(しらすは非常にデリケートで弱い魚です。身を守る鱗もまだ出来ていません。それゆえに鮮度落ちが早い)。 |
捕ったばかりの青白く透き通り、輝くしらす。魚体がプリプリしています。 |
今獲れのしらすを次々と市場へ水揚げし即時入札していきます。 |